泣きながら仕事をした日

僕の店數碼營銷はカギ屋ですが、印鑑、表札も販売しております。



それは1本の電話からはじまりました。

「間違ったものが来てますよ!」

そのお客様は僕の店で表札の注文をされた方でした。

「校正でOKしたものとは違う燕麥米介紹ものが来てます。(住所の)番地が抜けています」

お客様接着剤で表札を貼ったところで気がついたようでした。

僕は
「表札は剥がれますか?もし剥がれるのでしたら剥がした状態でお待ちください。すぐに伺います」
といって、飛んでお客様の家へ伺いました。


門柱(ステンレス製のモダンな今風の門柱でした)には、しっかり接着剤の痕がついておりました。僕は持っていった皮切り包丁でできるだけ接着剤をそぎ落とし、ちゃんとした表札をできるだけ早くメーカーに作らせて取り付けに来る約束をしました(通常は表札をお渡しするまでが僕の店の仕事です。貼り付けはお客様がされます)。



数日してちゃんとした表札が来ました。僕は早速お客様に連絡を取りお客様の家に向かいました。



お客様の家に着くまでにお客さんに怒られはしないだろうかと考えながら車に職位空缺乗ってラジオを聴きながら僕はお客様の家へ一目散に向かいました。
僕の店からお客様の家までは車で約10分ぐらいでした。


何気なくラジオでを聞きながらお客様の家に向かいました。その話はある芸能人の話でした。

ここから僕の 悲劇 が始まりました。


そのラジオの話の内容は

ある芸能人が若いころ、一旗揚げようと東京に行こうと思っていましたが、母親から大反対されたそうです。その芸能人は、母親の反対を押し切って、ほとんど親子の縁を切った状態で東京に行ったそうです。
それから、しばらく歌が売れない状態が続いたそうですが、ある曲が大ヒットしました(僕もその曲はリアルタイムで知っていました)。
その芸能人は、たくさんのギャラが入ってきて金持ちになりましたが、やはり自分が捨てた故郷、何よりも母親が忘れられなくて、大金を持って故郷に帰ったそうです。札束をたくさん持って帰ったそうです。
有名になったその芸能人を、故郷の友達は諸手を挙げて歓迎しました。
友達や知人にひとしきり札束を渡した後、お母さんにも札束を渡そうとしましたがずっと渡しそびれてました。

結局、楽しかった故郷での日々が終わり東京行きの列車に乗るときに、見送りに来てくれた母親にそっと札束を渡そうとしました。
母親はその芸能人がお金を渡そうとする前に
「東京まで時間があるだろ。おなかもすくだろ。これをもってお行き」
といって、くしゃくしゃの千円札を3枚、その芸能人に渡したそうです。その芸能人は列車の中で東京につくまでその3千円を握り締めて泣いていたそうです。

親子の愛情の話でした。



僕はこの話の10分間で、瞼が熱くなり、涙が溢れ出し、鼻水が垂れはじめ、最後には顔がくしゃくしゃになってました。
大泣きしておりました。

顔がくしゃくしゃになったときに運悪くお客様の家に着きました。

僕はそのくしゃくしゃの顔のまま表札と接着剤と養生用のテープを持ってチャイムを押しました。

その家の奥さんは僕のくしゃくしゃになった顔を見るなり、一歩後ずさりして
「ど、どうしたんですか?」
と聞いてきました。

「このたびはご迷惑をおかけして申し訳ありましぇん。ヒック。今ラジオでものすごい良い話をしていたんです!」
と、仕事には何も関係の無い話をしてしまいました。

「それでは早速表札を取り付けさせていただきます」
と、涙声で門柱に表札を取り付けようとしました。

僕は、その芸能人の話を思い出してしまい、又、鼻水を垂れ流し、泣きながら表札を取り付けました。

お客さんのお子さんが
「なんでおっちゃん泣いてんの?」
との質問に僕は
「大人にはなあ・・大人の事情があんねん・・・」
としか言いようがありませんでした。


奥さんもお子さんも 

変なおじさん 

を見るような目で僕を見ていました。
[PR]
# by vebukll | 2016-09-08 17:59 | Comments(0)